「壁の中」から

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レーモン・ルーセル「新アフリカの印象」

レーモン・ルーセル「新アフリカの印象」より
第三の歌・粟津則雄訳

血が出るまでなめると黄疸の癒る柱
   アブル・マアテの回教寺院ダミエット付近

英雄的治療法だ! 舌が貧血しないようにと
少しもひっこめたりはせず、他の無数の阿呆のあとで、
この柱の脇腹をなめてなめてすりへらすのは!
だが赴かぬ何があろう、従わぬ何があろう、
明らかなものにせよ架空のものにせよ、希望に心を奪われて、

(希望よ! 人を動かす挺の王よ! 思いもかけず訪れるあらゆるアメリカの伯父
*1
そしてあのアメリカの伯父は、指と目で、甥たちに伝えるのだ、
その豊饒なあるいは突飛な、きびしい意志を、
――甥どもは伯父がくしゃみでもしようものなら
涙の川と喪章とを思い描いて、喜びに小踊りをする)

己れの病気を癒そうという、希望に心を奪われて。


<1>
一体確かなのだろうか、神がスノビスムを作った時、

(動物は山あいにトンネルを掘ることも、
日を計り、蒸気を我がものに使うことも、
天国をその目標とし、永遠の劫火が燃える
国への恐れを感じも出来ず、
口をきいても人の言葉を口にし得ないが、
人と動物との間には、何というかかかわりがあることだ!
われらは豚どもや水に飛びこむ救助犬に、
われらの本能を感じはしないか!)

それが人間のものとなろうと述べたのは?
断言しよう、あの騾馬は(戦いの時に乗る
あの馬は騾馬より高貴である、鞍の代わりに
霰弾が、前から彼を傷つける、
沢山の人の中からその物腰や手の白さで、
爵位ある名前に押しひしがれた人間を見分けるのは、
――歩く道に犬に吠えられる滑稽な歩きかたで
足もと怪しい運動失調症を見わけるほど、
――居酒屋の亭主の所で気苦労に溺れた男が
肱は軽く額は重く滅茶苦茶に飲んでいるのを
その息使いや足どりで*2
辺り見まわす光った眼付きで見わけるほど、
――超自然的な寄与をなす計り知れぬ天才を、
彼が宗派を作り、メシヤと呼ばれる前に、
歴史上彼が受けたあの若年期の屈辱で見わけるほど
――コッホの細菌と闘う人を、
吐いた血や痩せ衰えた手足で見分けるほど、
――赤い目尻の眼に挾まれた高い鼻が垂れ下がる
下唇の突き出た口で生粋のユダヤ人を見分けるほど
――顔の皺で思想家を――我にもあらず
うごめく鼻で嘘つきを見分けるほど、
――そのいまわしい鎖の輪で悪市長の犠牲者を見分けるほどは確かではないのだが
馬の姿のいっさいは、その高貴を証している)

身分違いの結婚を悩んでいるのだ、母親の、
(彼の二重の姿は母のせい、だがそれが彼女を驚かしても、
*3
ソロモンが、あの審きの時に呼び起こした
至高の資質を麻痺させはせぬ)

彼の最初の宿りが牝馬の腹であれば、
――そしてまた母親が牝驢馬である時は、父親の種馬の身分ちがいの結婚を。
<2>
ある代物がそのジャンルの中で唯一のものであるのは稀なこと、
以下述べる代物が昔のそれぞれのジャンルの中で唯一のものであったほどは、
――ヘラクレスが妻ディアネイラを助けて、
ネッソスを殺した後で身につけた下着、
――素朴な人々が目にしたあの驚くべき病状の動き、
(既に硬ばり、烏どもを羨ましがらせた後で
生きている己れを感ずる幸せを、嘗て他の誰が得ただろう?)

そんな病気にラザロがかかったとは数々の証人が目にしたこと、
――ラファエルの眼前でトピアが治療された時
そのかすんだ眼に魚の薬が作った効目、
――自然が己れの真空恐怖も忘れ去って
イスラエルの民たちの出立を妨げている海を
狭い空虚で自然に二つに断ち割って
果たした努力(聖書に決して嘘はない)
――ある夕べ、霊の力で額もへこんだ人々が
その輝きで励まされた刻の始め、
激烈な太陽がヨシュアになした落日の猶予、
――ある種の羊の毛となっている金。

了(「シュルレアリスムの詩 シュルレアリスム読本1」思潮社・1981より)

*1:未だ年若く汲み尽くされぬ祝福されたこの国では、 ――年経るまでこの国は我らの地図からけがれぬままに離れていたのだ―― 旧世界に二十倍する金が手早くつかめるのだ、 たとえば――心そそる代物には不潔がつきもの―― この限りない原野に十万キロの牧場を作り、 そこでは、いきいきと、鼻も冷たく、 (((苦しむ犬はいつかは狂犬病になるのだから、 赤ん坊たちのなかでも一番躾のいい子でも ぺちゃぺちゃなめるこの鼻水が、いつの日も、 人間の友、犬の鼻からたれて鼻を蔽っていることを確かめるのは、 心しよう、欠くべからざる仕事なのだ、 ――敵がスパイを発したときに、 しのび込んだ男の眼に目かくしをつけるように、 ――国王が通るとき、その馬車の前後左右に 自転車に乗った巡査を配置するように、 ――陰謀の頭となって人名簿を作るときに あらゆる知恵をふりしぼって暗号を使うように。 ――ぬすっと鳥がたらふく食うのをためらわせるに 種蒔いた土地に案山子をたてるように、 年寄が((((人生の冬ともなると、髪は何処かへ移住する、 春の陽の光の中で植えつけた田畑の畝が、 冬陽となれば何処かへ行ってしまうように)))) 風を避け、球帽をかぶらねばならぬように、 ――次々とドミノで財産をすったあとで、 クラブから救った金を確実な年金に預けるように、 ――入浴中は、戸に鍵をかけるように、 ぴんと張られた綱の上での仕事の前に、 平均棒を持つように)))百匹の犬が助けてくれるのだ、 (((助けは要る! 何時でも何処でもこれほど必要なものはない! 人の世の毎日は、もし何の助けもなければ何ととげとげしい塩気を示すことだろう、 言葉にも逸話にもあまりに塩がききすぎて! おうむの語るたわ言をはっきりとさせるのには、 誰かが舌の小帯を切らねばならぬのではないか? 皇帝はちょっきから生温い手を出して、 一つまみ煙草を嗅いでその天才を刺激したし、 迷信家は、その鏡が砕け割れると、 悲嘆にくれて二本の指で運命を祓おうとし、 そのゆびはさながらにゼンマイ仕掛けで動くように、 伸ばされて、二本の角の姿となる、 筋書で――身振仕草の力には限りがある―― 舞踏劇の大時代の大波瀾が説き明かされもする、 爪のおかげで、飛び出しナイフの秘密の仕掛けが、 段落の下に消えやすい線を引くのが見えもする、 葡萄の汁を飲むときには、敏捷な探検家、 あの舌が、至る処から種や皮を狩り出すのだ))) 百人の羊飼いを、彼らは百組の羊の群れの世話する。 あるいはまた、とてつもない金持社会の病人に 好まれる山の頂の健康な大気の中に宿を開き、 あるいはスノッブの投機屋に手持から、 (((スノビスムの役割は、((((ヤコブは本当は何であったのか<1>? 生粋のスノッブで長子権を買いとって膨れ上がったあのヤコブエサウもいっぱしのスノッブで、羊をもぐもぐ消化しながら、長子権を惜しんで泣いたのだ)))) 昔も今も、世の終わりまで優勢だろう))) その流派をくどくど教えねばならぬような、さまざまな絵を売り渡す、 あるいは新聞を創刊し、あるいは糊を売り出すのだ、 広告の言葉によると、その糊の効能は、必要あらば、 (((読むのは屡々だまされるのに等しい、その証拠、 ――わずらわしい手続きもなく直ぐ支払われる贋小切手、 ――((((アニエールより遠くへ行ったこともないくせに)))) 黒人が毒に浸した投槍や、 その鼻の仕切をよぎる鼻環や、 文字通りゆくゆくは雄弁家となる男の奥歯にはさむにふさわしい 小石一つ手に入れることも出来ぬほど 空っぽの、限りない砂漠を種に、 贋探検家が、印象記で使う手くだ、 こういう手合いは((((尊崇普き詩句などで要求されているように、 愛想のよさときびしさを交互に出して)))) そこで敷布をしぼっても地面に涙を一しずくたらしたとしか見えぬような、 ((((たとえダニューブ河を引き合いに出そうとも)))) ヨーロッパの主なる流れはちょろちょろ川としか言えぬような 巨大な川についての、七めんどうくさい水路学的前口上を述べたあと息もつかずに、 文明化した沿岸地方で愛と利益が持つ関係を 露骨にすっぱぬき((((砂糖は、 苦い葉の後味を消すものだ)))) 途方もない範囲にわたって塩気を持たぬこと、 ――贋めくらが物欲しげな姿で歩くとき、 不憫がる人の眼に示される短い口上書、 ――買収された医者が書くよこしまな証明書、 ――針が狂った羅針盤の文字盤、 そして最後に、薬びんに貼られた効能書…… 全くのところ、発明家が大げさに吹聴する何というあわれな代物、 ((((こういう手合いは、同じ種類の商売仇の品物には、きびしく、いやしい扱いをする<2>)))) とどのつまりは、新旧問わず、その種の代物の効能は、 ――大衆に対する、先ず読まれることもない詩の作者の名前、 ――炉床では何もかも燃えつきた時のふいごの風、 ――木の枝に塗りつけた効目のこの上ない膏薬、 ――眼が義眼であるときに 眼につける少量のベラドンナ)))口ひげに、天をおびやかさせることも出来るのだ、 (((空しいおびやかし、誰でも承知だ、一番近くにある星でも、 それを空から外すには余り高くにありすぎる))) どのようにこてを当てても、あわれ、地獄をさして垂れ下がる 狂熱を奪いもならぬ始末に負えぬ口ひげに、 あるいはまた、髪売りを飢えさせる化粧水を作り出す、 これをかければ、人の頭を禿げさせる 陰険な微生物は、まず絶対に助からぬ

*2:さながらに運動失調

*3:我々の太陽より秀れていると誇らしげに照る陽のもとで、 炉も知らぬ昼寝が常のこの国では 女は白人も黒人も混血の子供を生むが、 そのために、眠る子供に声潜めなくなるというのか また後で、笑いながらよちよち歩きを始める時 はらはらと足どり見守り身を慄わさなくなるというのか?