「壁の中」から

むかしblogtribeにあったやつのアーカイブ

古代史・記紀成立論の二冊

●森博達「日本書紀の謎を解く」中公新書

日本書紀の謎を解く―述作者は誰か (中公新書)

日本書紀の謎を解く―述作者は誰か (中公新書)

ここ半年ほどのあいだに読んだ本のなかでもこれは格別の面白さ。タイトルに比して中身はかなり専門的な議論を下敷きにしている硬派の研究書でもある。ちょっと読みづらい。とはいえ、その面白さのせいで専門的な部分のわかりづらさも何とかなる。

古代史研究では、古事記もそうだけれど、日本書紀の記述の信頼性についてはつねに大きな問題として立ちはだかっていた。なにぶん、文献史料がそもそも書紀、古事記程度しかない時代についてのことなので、書紀の周辺史料から書紀の信頼性を確定することができない。批判的記紀研究の先駆け津田左右吉の議論においても、(引用されたものを読む限り)やはり具体的な根拠に欠けるせいか、そうも言えるし、こうも言えるという感じで議論が明確な叩き台を得られていないように思える。これまで、書紀を用いて古代史を論ずる前に行われるべき文献学が手薄だったと著者は指摘している。

私がいままでざっと読んできた書紀研究は津田のものを延長した、内容の相互矛盾などを検討していくタイプのもの(内容の整合性などから判断していく形)だったけれど、この本では、書紀の表記、文体といった形式面、「いかに書かれているか」という観点から徹底的に分析していくという試みになっている。いわば文献学的吟味を経て、最終的に「誰が書いているか?」を推理していくという謎解きが展開されていく。

そして、この文献学的研究による謎解きが滅法面白い。先が気になって仕方がないうえに、謎が解かれていく推論の展開がエキサイティングな学術エンターテイメントとして楽しめる。まるで推理小説のような面白さだと学術書やノンフィクションを褒める人がいるけれど、こういう面白い研究書を読むと、話が逆だと言いたくなる。推理小説が学問的探求のような面白さを持っていることがある、と言わねばならない。現実にある、本当の謎を解いていく、解こうとする面白さは、推理小説では味わえない。それに、私の印象では、この本のように面白い推理小説を読んだ覚えがない。最近出たシャーロック・ホームズの新訳ものを三冊ほど読んだけれど、どれもこの本ほど面白くはなかった。

で、この本の何がそんなに面白いのかというと、全三十巻の「日本書紀」という歴史書の文体、表記、文法を様々な観点から分析することで、それぞれの巻ごとに決定的な違いが見られること、その違いから述作者がどの言語に習熟している人物なのかを判別し、その情報を元に、書紀の各巻の書かれた順番と作者をすら推理してしまうというアクロバティック(トンデモという意味ではない)ともいえる論理展開だ。一種の犯人探しゲームといえる。

その犯人探しには平安以前の上代日本語の表記、文法、音韻の専門的知識、さらに漢語で書かれた書紀を分析するのに必須の当時の中国語のそれとを総動員していて、なおかつ契沖から本居宣長橋本進吉、そして夭逝の秀才有坂秀世といった国語学、日本語学における偉大な学者たちの学説をおさらいしつつ書かれているので、読者は近世から現代に至る研究史のエッセンスを知ることができる。

余談だけれど、上代日本語においては、五十音(濁音ふくめて六十二)ではなく、八十七(八十八説もあり)種の音節を発音し分けていたことなどは、私はこの本で知った。そのほかにも、「兄弟」をキョウダイと読むのが呉音、ケイテイと読むのが漢音だとかの、漢字の読みにもいくつかの種類があることだとか、日本語学に疎い私には新鮮な知識が満載だ。

で、この本で核心になっているのは、上代日本語の音韻にかんする部分だ。それまで、万葉仮名(漢字の音を使って意味ではなく音を表記する仮名。語弊があるけれど、よろしく=夜露死苦みたいなもの)の分析により、八十七種の発音があったらしいことはわかっていたのだけれど、当時の音価(具体的にどう発音していたか)は不明だった。書紀などの万葉仮名を見れば、当時の音価もわかるかと思われたけれど、書紀の万葉仮名は中国語原音を正確に判別できない日本人によって書かれており、体系だっていないため音価推定の資料的価値はないとされてきた(有坂秀世による万葉仮名倭音依拠説)。砕いて言うと、当時のある音を表記する万葉仮名が、異なる中国語原音をもつ複数の漢字を脈絡なく用いていて、漢字音と当時の音価をイコールで結べないということ。

中国語原音によって万葉仮名が書かれていれば、当時の日本語の音価を正確に推定できるのに、この倭音依拠説が壁となっていた。しかし、森氏は巻ごとの万葉仮名を詳細に分析し(今ならパソコンを使って解析するのだろうけれど、当時パンチカードを使ってソートしたりしていた思い出を著者は書き込んでいる)、書紀のある一群の万葉仮名が、どうも倭音による混乱のない正確な体系に基づいて書かれているらしいことを発見する。

ここら辺は説明が厄介なので、実際に読んでみないとどこが凄いのかわからないけれど、本書のハイライトといってもいい、研究史上でも画期的な発見らしいところで、読んでいて手に汗握る興奮を覚えた。前回もリンクした言語学のサイトの以下のページでは、この本の下敷きになった論文の要約をしている。非常に参考になるので是非一読してください。

 学問の部屋

さらに中国語の原音で書かれているとおぼしき部分の万葉仮名では、中国語を母語とする人間が日本語を聞き取ったときに発生する聞き間違いが存在するとして、その一群を中国人が書いたのではないかと推論していくあたりも非常に面白い部分だ。これは、日本語ネイティブが英語のLとRを区別しにくいように、中国語ネイティブも、日本語の濁音と鼻濁音を区別しないらしく、「バ」と「マ」、「ダ」と「ナ」が区別されていないとか、「ミズ」を「ミツ」と表記しているような、中国語ネイティブ特有の日本語の誤りが存在するらしい。

以上の議論から、書紀の内、森氏がα群と名付けた一群の巻は中国語原音に依拠していると結論づける。そして、α群の万葉仮名の分析から上代日本語音価をすべて推定して見せている。さらにアクセントの研究を経て、書紀などの歌謡が当時どのようなアクセントで発音されていたかまで復元しおおせている。ここら辺は、発音記号やアクセント記号が私にはよくわからないので、いまいち実感できないけれど、凄い成果なんだろう。

議論にはまだ先があって、音韻の次は文法の話になり、巻ごとの倭習(日本人ならではの文法ミス)の指摘やその発生の理由などの議論を経、また日本人が書いたとしたら意味が通らない註の存在を考慮し、正しい中国音と正格漢文で書かれた部分が渡来一世の中国人によって書かれたのだと結論する。

そして、その当時正史編纂に関わるような人物で、渡来一世の中国人を捜してみると、律令制当時における大学のようなところで音博士(こえのはかせ)という音韻を教える役職に就いていた、続守言(しょくしゅげん)と薩弘格(さつこうかく)の二人が浮上する。森氏はこの二人が最初にα群の述作をし、その後それ以外の巻を日本人が担当し、さらに日本人による中国の典籍を用いた潤色を行ったという、編修の具体的過程をも推論してみせる。

いやあ、凄い。音韻、文法といったほとんど文字情報しかない状況から、日本書紀がこれだけ立体的な像を結んでいくさまは暗号解読にも似た面白さがある。述作者と編修過程の具体的状況については論拠が少なく、やや安易に結論づけているきらいはあるが、途中の議論の展開は手堅く説得的で、隙がない。少なくとも私にはそう見える。

専門的な知識が逐一解説付きで紹介され、好奇心を刺激されながら、日本書紀中国人述作説にいたる謎解きが展開していくわけで、これが面白くないわけがない。一般向け学術書の理想的な一例といってもいいのではないかと思う。森氏は後書きで、この本を書くために生まれてきたとまで言っているのも、誇張ではないと思える。素人目に見ても、この本で論じられている説は国語学史上の画期をなすようなものに見える。学会的な評価はどうなっているのだろうか。専門誌で他の学者と論争があったようだけれど、それも気になる。

何よりも知的エンターテイメントとし楽しめ、学問の面白さを教えてくれる一冊だ。古代史、古代日本語、国語学などに興味のある人は多少専門的な部分が読みづらいけれども、是非とも一読することを勧めたい。


●倉西裕子「「記紀」はいかにして成立したか」講談社選書メチエ

これも書紀、古事記の成立にかかわる問題を追求した本で、硬派で手堅い論述が読める。やはり専門的な問題を扱っていて、そう読みやすい本ではないけれど、非常に興味深い問題を論じている。

ひとつは、古事記日本書紀では、「天皇」概念に大きな違いがあるのではないかということだ。古事記と書紀では、たとえば神代に関して、書紀本文ではイザナミが死なないので黄泉の話がないとか、創成の神名にかなり違いがあるとか、「記紀」としてしばしば一緒くたにされたり混同されたりしているけれど、基本的な編纂思想そのものに大きな差異があることはずいぶん言われてきていることだった。天智天皇による指示で作られ、成立時期も近いけれど、両者は似て非なるものだ。

本書では、その差異の問題について記紀それぞれの天皇概念の違いというアプローチで一端の解明を試みている。著者が述べる結論はこうだ。

日本書紀』における「天皇」の定義は、皇祖の祖霊を引き継ぎ、神祇・祭祀と関連のある立場であり、一方、『古事記』における「天皇」の定義は、「治天下の権を持つもの」であったと言うことができます。(中略)すなわち、『日本書紀』と『古事記』が似て非なる史書である大きな理由は、両書において「天皇」の定義が異なっており、前者が「あまつひつぎしろしめす」であり、後者が「あめのしたしろしめす」であるからである、という結論を、どうやら導くことができそうです。
P153
つまり、書紀での「天皇」とは皇孫として祭祀王の位にあるもので、古事記の「天皇」とは、政治的権力の頂点に立つもの、として書紀と古事記における「天皇」概念が似て非なるものである、と言う。

これはなかなか斬新な見解。こういう風な解釈をした人はいままで見たことがなかった(と思う)ので非常に面白い。

この天皇概念の整理から、著者は持統朝でのさまざまな問題についてもいろいろ新解釈を引き出していて、とても興味深い。持統称制と呼ばれる、持統元年から持統三年までの三年間は、持統天皇即位式を行っておらず、実質的には天皇不在の年間なのだけれど、書紀の紀年上は持統年間として把握されているという謎がある。この三年のブランクについて、著者は、その年間は草壁皇子が「治天下の権」(正確かどうかわからないけれど、以下略して治世権)を握っており、当時は草壁皇子天皇と呼ばれていたのではないか、とも推測している。そして、このように紀年にブランクが空いた理由を、持統朝と書紀編纂の当時とでは、天皇概念に変更が生じたからではないかと結論づけている。この、在位当時と編纂時で天皇概念に違いが生まれたという問題は、この説がもたらした新たな謎と言える。ここに史書成立にまつわる何らかの事情が絡んでいる可能性を著者は指摘している。

また、書紀では祭祀権こそが天皇の核心だとすると、皇太子が治世権を握っていると著者は論じていて、だとすると、天皇位を譲るということの意味が違って見える。皇太子が治世権を持つものだとすると、皇族の者にとって必ずしも望まれる位ではないものだった可能性が出てくる。そうすると、古代史での権力争いについてもいろいろ新解釈が可能になってくる。著者は持統朝や大化の改新においてその観点からの再解釈を促してもいる。

もう一つの大きな謎、「日本書紀」が成立当初(正確には、「続日本紀」養老四年の記述)は「日本紀」と呼ばれていた、ことと「日本紀」では紀三十巻と系図一巻という構成であった、という書紀成立にまつわる長年の謎についても、興味深い見解を披露している。

この「紀」と「書」というネーミングからしてまず厄介。「紀」というのは編年体史書、「書」というのは紀伝体史書を指す言葉で、日本書紀はその体裁から「紀」と称するのが本来のはずで、「書紀」というネーミングはそもそも妙だった。Wikipediaでの「日本書紀」の項からこれにかんする通説を引用する。

もとの名称が『日本紀』だったとする説と、初めから『日本書紀』だったとする説がある。

日本紀』とする説は、『続日本紀』の上記記事に「書」の文字がないことを重視する。中国では紀伝体史書を「書」(『漢書』『後漢書』など)と呼び、帝王の治世を編年体にしたものを「紀」(『漢紀』『後漢紀』)と呼んでいた。この用法に倣ったとすれば、『日本書紀』は「紀」にあたるものなので、『日本紀』と名づけられたと推測できる。『日本書紀』に続いて編纂された『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』がいずれも書名に「書」の文字を持たないこともこの説を支持していると言われる。この場合、「書」の字は後世に挿入されたことになる。

日本書紀』とする説は、古写本と奈良時代平安時代初期のような近い時代の史料がみな『日本書紀』と記していることを重視する。例えば、『弘仁私記』序、『釈日本紀』引用の「延喜講記」など。『書紀』が参考にした中国史書は、『漢書』『後漢書』のように全体を「書」としその一部に「紀」を持つ体裁をとる。そこでこの説の論者は、現存する『書紀』は、中国の史書にあてはめると『日本書』の「紀」にあたるものとして、『日本書紀』と名づけられたと推測する。

著者はこれらの定説に対して、養老四年に修められた「日本紀」と現存の「日本書紀」は別のものだとする説を提示している。朝廷で行われた書紀の講書記録、「日本書紀私記」のいくつかのバリアントうち、甲本と呼ばれる「日本紀私記」においては、現存「日本書紀」に存在しない語句が約八十存在することが指摘されていることなどを挙げ、現「日本書紀」とは異なる書紀の存在する可能性を示唆する。著者は最終的に、、養老四年の「日本紀」は成立以降に系図一巻を組み込む形で再編され、遅くとも八一三年の弘仁四年までには現存の「日本書紀」として完成していたのではないか、というものだ。その再編で、系図を組み込んだために「書」を書名に挿入した、と論じている(本文はこんなおおざっぱな書き方ではない)。

この説も、説得的かつ面白い。書紀の書名についての謎(特に、書名と系図)をもっとも明快に説明した論、かも。少なくとも、上記に引用した通説よりは無理がない。素人目には面白いけれど、証拠の面で弱いかなとは感じる。

この人は、前著「日本書紀の真実」で日本書紀の紀年論というとても面倒くさそうな分野を扱っている。編年体の歴史書である書紀の年代設定には多くの謎があり、実際の年代との不整合や、長寿すぎる天皇宋書などの中国の史書に見られる「倭の五王」とは実際にどの天皇のことを指しているのか、といったような研究史上未解明の問題などを含んでいる。在野の研究者でなおかつ、地味っぽくて手間のかかる分野で手堅く論証しようとする、なかなか面白い人なのだけれど、書名がちょっとばかりトンデモ臭いところがあって、誤解を招きそうなところがあると思う。「日本書紀の真実」とか、本書の副題「「天」の史書と「地」の史書」とかいうネーミングが微妙だ。後者のは読んでみれば意味するところがわかるのだけれど、最初私が見たときはものすごいうさんくささを感じた。

歴史学の倉西裕子およびその双子の姉妹で政治学の倉西雅子によるウェブサイト
倉西先生のご学問所