ラファティのイースターワインで悪魔が舟歌
まえに書いたとおり、ラファティの既訳長篇を読んでみた。
サンリオSF文庫の「悪魔は死んだ」、「イースターワインに到着」と、ついでに国書刊行会の未来の文学シリーズ第一期最終巻の「宇宙舟歌」まで一気に読んだ。
簡潔に感想を書くと、サンリオの二つは「わけがわからない」。「宇宙舟歌」は「おもしろい」。
「悪魔は死んだ」は、非常に抽象的に言うとこの世の「絶対悪」を巡る話といえるんだけれど、さて、この物語をどうまとめたらいいのか。
- 作者: R.A.ラファティ,井上央
- 出版社/メーカー: サンリオ
- 発売日: 1986/07
- メディア: 文庫
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「わからない」といっても、難解で理解できないという感じではなくて、文章自体は平易だし何が起こっているのかわからないというような代物ではない。ただ、展開が飲み込めないところや、いくつもの謎が放置されたまま進んでしまい最後まで解決されないなんてことはしきりにあるので、そういう意味では困惑させられる。それに、最後まで読んでも、話の中心にあるものがつかめない感じがする。その点、解説で訳者がキリスト教の側面から解説して見せているのは非常に参考になる。それでも釈然としない感じが強く残る。
- 作者: R.A.ラファティ,越智道雄
- 出版社/メーカー: サンリオ
- 発売日: 1986/08
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それでも、一言で言うならこの二長篇は「訳がわからない」と評するほかない。そんな不思議な作品。
- 作者: R.A.ラファティ,R.A. Lafferty,柳下毅一郎
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2005/10/01
- メディア: 単行本
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「オデュッセイア」(私は未読)のラファティによる再話と言われたりするように、基本プロットは単純なので、各エピソードごとの奇怪でユーモラスな展開を素直に楽しむことができる。レムの「泰平ヨン」シリーズに近い印象。
たとえば第一話はロトパゴイという星にたどり着いた主人公ロードストラムおよびその一行が、あまりにも居心地のいい昼下がりが永遠に続く場所で迎える危機を語る。ロトパゴイは「いっさいの苦痛抜きで完全な快楽を味わえる世界」で、ほとんどブリューゲルの「怠け者の天国」の世界だ。
これがブリューゲル由来なのか「オデュッセイア」由来なのかはよくわからないが、ラファティのアクセントはむしろ、そこで怠けっぱなしになっているところに訪れる生命の危機の方にある。
話が進むとどうやら、ここで安楽の限りを尽くしているうちに、最後には「恍惚の安逸チップス」なるものに調理されて食われてしまうらしいことがわかってくる。ロードストラムはその以前は人であったらしいチップスを食べながらうまいうまいと喜んでいるのだけれど、怠惰に安楽をむさぼっているところなので、食われてしまうような危機が自分に迫っていることがわからない。
「もう遅い」とディープ・ジョン。「明日にはみんなで“恍惚の益荒男ロードストラムチップス”を食べるだろう。そいつはさぞかし荒々しい味がするだろう。でも、そんなことよりおいらは家に帰りたい」 「なんだか俺の命はひどい危険にさらされている気がするぞ」ロードストラムはうつらうつらしながら不安げに呻いた。 「あんたの命は、今この瞬間、いまだかつてなかったような危険にさらされているよ」 |
「宇宙舟歌」24P |
ついでにSFマガジンのラファティ追悼特集号収載の短篇も読んでみた。「ファニー・フィンガーズ」はラファティ得意のアンファンテリブルものだけれど、ラストの展開が非常に哀しげなのが意外。「知恵熱の季節」は「アウストロと何でも知ってる連中」シリーズというものに分類されるらしく、天才「アウストラロピテクス」の少年が登場する。軽快でユーモラスな非常にラファティらしい作品。「月の裏側」はよくできた短篇という感じ。「何台の馬車が?」は、ラファティを読んでいるとしきりにぶちあたる「なんだかわからない」感が強い作品で、ほんとうに「なんだかよくわからない」。単なる冗談のようでもあり、何か深遠なものを提示しているようでもないでもない……?。「すべての陸地ふたたび溢れいずるとき」、「巨馬の国」っぽくもあるけれど、ラストは聖書の「東方の三博士」ネタだろうか。これも不思議な印象を残す短篇。
ラファティには単行本未収録の短篇が既訳のあるものだけでも相当数残っているらしいので、是非とも新しい短編集を編んでほしい。「素顔のユリーマ」は最近「ロボットオペラ」という瀬名秀明編集のアンソロジーに収録されているのを見たけれど、あんなでかくて高い本をラファティのみ目当てでは買えやしない。河出書房の「奇想コレクション」なんかラファティにぴったりのシリーズだと思うのだけれど、全然そういう気配がないのはなぜだろう。
追記
ラファティ追悼特集号についての対談。サンリオの二長篇についての感想がやっぱり、という感じ。
リンク先のラファティファンサイトも楽しい。
http://www.sffantasy.com/magazine/bookreview/020801.shtml