「壁の中」から

むかしblogtribeにあったやつのアーカイブ

廃村と甲府2

で、ここで入ったファミレスが、ものすごい雰囲気だった。店はガストで、ただのチェーンファミレスなのだが―田舎、というと失礼なので地方都市と呼んでおくが―地方都市の人間環境がどういうものか如実に見た思いだった。

店は普通、しかし、休日の夜と言うこともあって人が入っているのだが、そのほとんどが十代から二十代前半とおぼしき若い連中の群れ、群れ、群れ。おそらく高校生あたりが非常に多数を占めていると思われる。そのなかで、われわれの座った席の向いにいるふたりの男女が目に入った。向かい合わせに座っている二人は、恋人というのでもなさそうだが、ただの友達でもないような雰囲気で、おそらく男の方がアプローチをかけている所なのだろう。男の方は茶髪を逆立てたヴォリュームのある髪型をしていて、黒を基調にいくらか装飾のついた目立つ感じの服装で、服には金を掛けているタイプ。女のほうもだいたい似たタイプか。

で、彼らの話がどこか変。席に着いた(つく前から)目に入った彼らの姿には妙に興味を惹かれるものがあって、何とはなしに聞いていたのだが、原宿と高円寺は服が安いね、というフレーズを耳にした。え、高円寺? 純情商店街? 原宿はいいとして、なぜ次点に高円寺なのか。この時点で、彼らはかなりわれわれの心を鷲づかみにしていて、行動には注意が払われるようになった。

なにかの会話の途中で、とつぜん飛び出した「うっそぴょーん」という台詞に馬が切れかかるという一幕を挾み、われわれも別に他人を観察してばかりではなく、これからの行動目標を立てていた。深夜に観光地を歩くという趣旨で、昇仙峡あたりへ行くことになった。

ファミレス内部では、上に書いた男女の連れ以外にも、すごく変な人がいた。若者連中の大挙するファミレスのなかでひときわ異彩を放つ年の頃四十、五十と思われる男性が、ひとり席に座って大量の煙草を灰にしながらジョッキでビールを飲んでいた。あるでナイターを居間で見ている親父がそのまま出てきたかのような居住まいなのだが、彼の射すような視線が、やばい。四人がけのテーブルに一人で座り、目の前に灰皿とジョッキをおき、ずうっと他の客席をまるで監視しているかのように見ている。われわれもしばしば、くたびれた恰好と裏腹に粘り着くようなしぶとさで見つめられた。何をしているかは解らないが、若者だらけのファミレスでひとり、ずうっと何かを見ていたことは確かである。

彼も廃村のビッグブラザーの仲間だという点でわれわれの見解は一致した。


と、向うの席で男の持っている携帯が大きな音で着信音を鳴らした。男が通話を始めると、開口一番、「オムライス」と応えたのには驚いた。いったい何の話なんだ。なぜいきなりオムライス? あとの話はよくわからなかった。しばらくして、私の目に、道路の向うからファミレスに近づいてくる人影が見えた。人影は三十代と思われる女性で、入口にではなく、私の正面のガラス窓、つまりさっきの男の背後に近づき、コンコンと外から合図をした。女性は、茶髪のまだ十代とおぼしき男が振り返って、自分を認めるのを見ると、指で入口の方を指し示し、どうやらそこで落ち合うという展開になった。

ちょっとして男が席に戻ってきた。が、手になにやら紙袋を持っていて、席にいる女性に「おみやげもらった、お好み焼き」と言った。

この台詞が大ヒット。私の隣に座っていた赤いのはかなりツボに来た感じで、笑いをこらえていた。とりあえず事態を整理すると、窓の外から近づいてきた女性は男の母親で、何かの帰りに彼に土産を渡した、ということだと思われる。

それが駅前のファミレスで、しかも息子が女といるところにそれを持ってやって来る上、男の方も別に当然のことのようにそのイベントをこなすというあたり、地方都市の地域密着型の人間関係をまざまざとみせられたような気分になった。

甲府はすごい。


その後、車内でさっきの男と母親らしき女は何だったのか、原宿と高円寺というセレクトはどういう基準なのか、あのビッグブラザーの親父は何を監視しているのか、などと喋りながら、夜の甲府市街から昇仙峡へと向かった。

昇仙峡、といっても私はここがどんな観光名所で何があるのかさっぱり知らない。変な石とか岩がある、と言われたが、夜なので何も見えない。巨大な燈籠があったのが見えたくらいだ。

「ようこそ昇仙峡へ」などと書かれたアーチをくぐり、真っ暗で何も見えない坂を上ると、葡萄畑の廃墟のようなものにでくわした。門が壊れていて、雑草が茂り、誰も数年入っていないような具合だった。さらに先に進もうとするも、ただ暗いだけで何かの畑しかないようなので、引き返す。昇仙峡観光案内を発見。われわれの車は川沿いの狭い道を通って、夫婦木神社にも行くルートを辿ったと思われる。川しか見えなかったな。

山道を登ると神社が見えたので、神社探検隊でもあるわれわれは夜の神社を徘徊した。夜、山の中腹にある集落は、町の真ん中を流れの速い川が流れていて、つねに大きな水音に覆われている。そこには二箇所神社があり、片方はよく集落に一つはあるタイプの小さなもの(にしては大きめだったが)だったのだが、もうすこし登ったところにあった神社は、鳥居からして高さが三四メートルはある大きい奴で、境内へ行く階段もかなり長く、それなりに大きな神社だった。

階段をのぼりきると、巨大な門柱のようなトーテムポールがそびえ立っていた。明らかに中国風で、馬は日光東照宮なみに悪趣味だ、と言っていたが、画伯はかなりお気に入りの様子。

なかは大きな神社で、何の由来なのかは忘れたが、大きな桜が夜通しでライトアップされていた。金櫻神社は桜の名所らしく、敷地内に結構桜の木があったような覚えがあるが、夜だったのでよくは見えない。

観光名所を夜中に辿る名所台無しツアーはだいたいこれで終り、そのまま高速にのってPAで仮眠をとり、河口湖、富士吉田で神社に立ち寄り、早朝に和弓を射る男などを目撃しつつ、帰還。帰ってきたのは朝の八時過ぎ。おおよそ丸二十四時間の日帰りドライブでしたとさ。