「壁の中」から

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プリースト、ヴォネガット


魔法 (ハヤカワ文庫FT)

魔法 (ハヤカワ文庫FT)

クリストファー・プリースト「魔法」が文庫化されていた。装幀も良い雰囲気。

この本は数年前に読んでかなり驚かされた小説。とりあえず傑作。個人的に「奇術師」より面白い。

「魔法」はそれまでジャンルSF作家だったプリーストが新境地を開いたもので、是非ともこの手のやつが続々と訳されることを願っていたのだけれど、翻訳はぱたりと途絶えていた。上の邦訳書とここプリースト著作一覧を見比べてもらえばわかるように、「魔法」以降の非SF作品の翻訳はまったくない。ジャンル作家としての受け皿がなくなり、翻訳されなくなったようだ。

今回「奇術師」が訳され(ファンタジイとして)、訳者が驚くほどの好評を得、プリーストの八十年代以降の作品の翻訳に道を開いた、かも知れない。「奇術師」がこれほど好評なのはおそらく、「ミステリ」として受け取られているせいだというのは、訳者 古沢嘉通氏のサイトにある メモの上部にある

ミステリチャンネル 闘うベストテン 第1位
IN☆POCKET文庫翻訳ミステリー 総合第3位
週刊文春ミステリーベスト10 第5位
このミステリーがすごい! 第10位
のランキングが物語っている。ファンタジイとしてようやく訳された作品がミステリとして評価され、〈プラチナ・ファンタジイ〉叢書としてははじめて重版がかかるという事態はつまり、ミステリならば読者がつくということか。まあ、それはいいとして古沢氏の 年賀状によるとプリーストの新作が二作訳されるという驚喜すべき情報があったので、一プリーストファンとしては楽しみだ。

軽くレビュー。
「魔法」は訳者もいうとおり「南仏プロヴァンスの恋」とでもいうような恋愛物語が、語り=騙りの驚くべき反転によってひっくり返される傑作。「奇術師」がそうだったように、物語の妙味と現代文学的なナラティヴの方法、そしてSF出身らしい道具立てがミックスされた、サービス精神溢れた小説。「奇術師」にニコラ・テスラが出てきたのににやりとした人は、この「魔法」も楽しめるはず。そのうち文庫版を買って読み直してみるつもり。

ドリーム・マシン (創元SF文庫)

ドリーム・マシン (創元SF文庫)

「ドリーム・マシン」ディック的な夢と現実の相互浸食をテーマにした小説。詳しいディティールは忘れてしまったけれど、つまらなかったわけではない。
スペース・マシン (創元SF文庫)

スペース・マシン (創元SF文庫)

「スペース・マシン」これは、ウェルズの「タイムマシン」を元にして、その他幾つものウェルズ作品のモチーフを組み合わせて、一大パスティーシュとして作り上げられた冒険SF小説。ウェルズを読んでいるとより楽しめる。作者がSF好きであることがひしひしと伝わる。ウェルズの影響は、他の作品にもあります。

逆転世界 (創元SF文庫)

逆転世界 (創元SF文庫)

「逆転世界」。「魔法」がナラティヴによって驚愕の小説になっているとすれば、これはその内容によって驚くべき小説となっている。相対性理論のアイデアをそのまま小説の舞台にしてしまった、奇想SFの傑作。〈地球市〉と呼ばれる、つねに移動し続ける機械の都市が生活の舞台になっていて、そこから距離をとればとるほど、世界が、風景が歪んでいく。SFファンなら是非。前まで品切れだったが、重版された模様。

伝授者 (1980年) (サンリオSF文庫)

伝授者 (1980年) (サンリオSF文庫)

「伝授者」第一長篇。とてもじゃないが完成品とは言えない出来でありながら、忘れがたいディティールが魅力といえば魅力。二つの中短篇を元にした長篇らしく、違う話が齟齬をきたしながら繋がっているので、全体の出来はアレだけれど、悪夢のような(壁に生えた耳、机から生えた手)イメージが忘れられない。解説を読む限り、元の中短篇をそのまま読んだ方が面白い気がする。

アンティシペイション (サンリオSF文庫)

アンティシペイション (サンリオSF文庫)

「アンティシペイション」予期の意のアンソロジー。バラード、ワトスン、オールディス、ディッシュなど、ニューウェーヴSFの主要作家を収めている。ベイリーがないところがプリーストらしさか。サンリオSFはこの手のSFを網羅的に紹介しようとしていたらしく、プリーストの「昏れゆく島へのフーガ」や「限りなき夏」なども刊行予定に上がっていた。狂気の沙汰(褒め言葉)。

イギリスSFはバラード、プリースト、ベイリーと好きな作家が多く、ディッシュやワトスンなんか、サンリオで出ていた文庫は全部持っているのだけれど、あいにく全然手をつけていない。「エンベディング」や「アジアの岸辺」を先に読んでしまいそう。

ヴォネガット

中村びわさんのブログでも触れられていたけれど、ヴォネガットの「プレイヤー・ピアノ」が改版して重版するらしい。現物を見てないので何とも言えないけれど、なぜ重版でなく、新しい番号を振って再発売しているのだろう。
旧「プレイヤー・ピアノ」
新「プレイヤー・ピアノ」

まだ版の切れてない作品をわざわざ改版する前に、「母なる夜」「ジェイルバード」「スラップスティック」「デッドアイ・ディック」「ガラパゴスの箱舟」の長篇群とか、二分冊で両方品切れの短篇集「モンキーハウスへようこそ」とか、エッセイ集三冊とか、重版すべき本がいくらでもあるじゃないか。違う版にする理由があるんだろうか。ヴォネガットの邦訳された本のうち「死よりも悪い運命」だけは持ってないので、文庫にでもして欲しいのだけれど。

それはさておきヴォネガットの第一長篇「プレイヤー・ピアノ」は、個人的にはとても好きな作品。その後の「スローターハウス5」や「タイタンの妖女」などのように、錯時法を駆使するわけでもなく、荒唐無稽な宇宙人とかが出てくるわけでもない、かなりまっとうな主流小説に近い近未来SFなのだけれど、しみじみと良いと言える作品。機械化の波に押されて労働者の仕事が減っていくという、設定はありがちなディストピアものなのだけれど、突飛すぎないレベルで抑えられていて、ヴォネガットの苦いユーモアも光る。この作品では女性の書き方がとても印象に残っている。唯一女が書けるSF作家、というのは誰がいったのか忘れたが、確かに、と思える。SFを読み慣れていない人は、一番最初にこれを読むと良いんじゃないかと思う。普通の小説に一番近い。

ラストシーンがいい。台詞覚えてるくらい。