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古井由吉「仮往生伝試文」河出書房新社

仮往生伝試文

仮往生伝試文

中村びわさんのブログ「◆〓本のシャワーにさらす肌〓◆」で知ったのだけれど、古井由吉「仮往生伝試文」が河出書房新社より年内に重版されるらしい。福田和也の「作家の値打ち」で最高得点を得たということで知られてしまっているこの作品は、89年初版にもかかわらず古書価格が万を超える時もまま見られる高騰ぶりを示していて、内容以前の妙なプレミアがついていたので、ここらできちんと読者の手に届くようになるのはいいことだと思う。

復刊ドットコム「仮往生伝試文」のページ
古井由吉の本というのは、ほとんどが絶版で新刊では手に入りづらいが、じつは多くの作品はネットを探せば古書千円前後で入手可能なものがほとんど。そのなかで近作にもかかわらず「仮往生伝試文」が類を絶して入手困難でプレミアがついたのは、豪華装幀で値段も高く(89年当時で三千円の定価)、内容のハードルもまた高かったせいで部数が出なかったからなんじゃないかと思う。

装幀が結構すごくて、菊判箱入りというのは上の写真を見てもわかるのだけれど、なかもまた金色の厚紙を使ったり、半透明の薄い紙を使ったり、かなり贅沢なことをやっている。本体もまた単行本の硬い紙でなく、ぐにゃりと曲がる布貼りだったりする。復刊されたら一度手に取ってみて欲しい。というか、復刊したら値段が四千円近くになるんではないか。15年前に三千円だったものが、いま同じ値段で出せるとは思えない……

内容は結構前に一読したきりなので細かくは思い出せないけれど、この小説には古今の説話などから往生の話、つまり死ぬ話を書き手が想像を交えながら読み込んでいくという大きな特徴がある。過去のテクストの中から往生伝ばかりを集め、自らの身辺と重ね合わせ、死と生との曖昧な狭間を辿々しく歩んでいく、とても不気味な小説なのだ。死に傾くか、生に傾くか、というより、生きているうちからもうすでに往生している、というような古井由吉作品に頻出する危うさを高密度の読み流せない文体で綴っていく。生と死がぎゅっと圧縮された高圧の作品だと思う。

近作「野川」などに比べてやはり遙かに読みづらい。「野川」は二刷、三刷が出ているようだけれど、「仮往生伝試文」はたぶん初版しか出ていないのではないか。

「杳子・妻隠」はいまでも読者がいるようで、新潮文庫でも現役の芥川賞受賞作だけれど、「仮往生伝試文」に限らず、「野川」や「夜明けの家」などの近作も読んでみてほしい。

ブログで私の野川レビューを取り上げてもらった栗山光司さんの古井由吉エントリ